この10年、東アジアでは個人映像の制作が、質・量ともに急激に盛り上がっている。かつて冷戦の対立の時代には、政府や宣伝機関が特権的にプロパガンダの道具としてきた状況は一変し、題材とスタイルの多様化が進み、いまやもっともしなやかな感覚で、「いま」をとらえるツールとなっている。
デジタルカメラとパソコンがあれば、個人が映画を作ることのできる時代に、東アジアの若い創作者たちは、日常からなにを切り取ろうとしているのだろうか。いまも残る伝統的な価値観や制度としての検閲、経済的な負担など、さまざまな制約の中で、個人映像から社会を見つめる豊かな可能性が、この連続講義のテーマとなっている。
東アジアの新進ドキュメンタリーの作り手と、その国の批評家をゲスト・スピーカーに迎えて、作品鑑賞と講演、討論を組み合わせる。
上映作品:『送還日記』 A Repatriation
(監督:キム・ドンウォン/韓国/2003/韓国語/全編148分、うち50分上映)
キム・ドンウォン
1955年生まれ。1980年代、劇映画の助監督を経てドキュメンタリーを撮り始める。1991年にドキュメンタリー映画製作集団プルン映像を設立し、30本以上のドキュメンタリーを製作、監督してきた。特に再開発などによって都市から締め出された人たちや民主化運動、南北分断問題に関する作品を多く発表する。代表作は『サンゲェ洞オリンピック』(1988)、『ミョンドン聖堂の6日間の闘争』(1997)。『送還日記』(2005)は韓国で公開、記録的ヒットとなる。独立映画協議会議長、韓国民族芸術連合映画委員長、韓国独立映画協会理事長 等を歴任し、韓国 におけるドキュメンタリーと独立映画界の精神的な支柱となっている。
刈間 文俊(かりま・ふみとし)
東京大学大学院総合文化研究科・教養学部教授。専門は中国映画史、中華人民共和国文芸史、研究内容キーワードは社会主義文芸、映画、地下文学、新潮流。主な論文は「映像の負荷と可能性-陳凱歌論」(『表象のディスクール4・イメージ』 東 大出版会 00)、「無力な叫びの戦い―巴金『随想録』」(『文学の方法』、東京大学出版会 96)、共著に『上海キネマポートー甦る中国映画』(凱風社 85)など。
上映作品:『思いやりの話』
(監督:チャン・ヴァン・トゥイ/ベトナム/1986/ベトナム語/45分)
陳 俊志(ミッキー・チェン)
1967年生まれ。台湾のドキュメンタリー作家、クイアー・アクティビスト。国立台湾大学で英語とアメリカ文学を専攻する。1991年兵役につく。1996年にニューヨーク市立大学での勉学を終え、初のドキュメンタリー作品『Not Simply a Wedding Banquet 』(1997)をミア・チェンと共同監督する。代表作に『美麗少年』(1998)、『非婚という名の家』(2005)。一貫して台湾でゲイとして生きる人たちをテーマとし、作品を劇場公開や公共テレビでの放送を果たすなど社会に大きな影響を及ぼし続ける。
上映作品:『美麗少年』 Boys for Beauty
(監督:陳俊志(ミッキー・チェン)/台湾/1998/中国語/63分)
門林 岳史(かどばやし・たけし)日本学術振興会特別研究員。メディア論・表象文化論専攻。主な論文に「メディアの幼年期:マクルーハンのテレビ論を読む」(『映像学』 74)、「探偵、バイオメトリクス、広告:『マイノリ ティ・レポート』に見る都市の時間と空間」(『10+1』40)など。http://homepage.mac.com/kanbaya/
上映作品:『夢の中で』 Soshin: In Your Dreams
(監督:メリッサ・リー/オーストラリア/1999/韓国語、英語/26分)
『愛についての実話』 A True Story about Love
(監督:メリッサ・リー/オーストラリア/2001/英語/27分)
梁 英姫(ヤン・ヨンヒ)
大阪市生まれ、在日コリアン2世の映像作家。朝鮮大学校(東京)文学部卒業、米国・NY ニュースクール大学大学院修士号取得。教師、劇団女優を経験後、ラジオパーソ ナリティーに。1995年からドキュメンタリーを主体とした映像作品を発表。『What Is ちまちょごり?』『揺れる心』『キャメラを持ったコモ』などはテレビで放送。テレビ朝日・ニュースステーション等、報道番組の取材・出演で活躍。1997年渡米、約6年間ニューヨーク滞在。2003年帰国後、初の長編ドキュメンタリー『Dear Pyongyang』を完成、サンダンスやベルリンなどの国際映画祭で受賞。2006年の秋に一般劇場公開を控える。http://www.film.cheon.jp/
部分上映作品: 『Dear Pyongyang』
(監督:梁英姫(ヤン・ヨンヒ)/日本/2005/日本語、韓国語/107分)
クリス・ベリー
ロンドン大学ゴールドスミスカレッジ教授。専門は中国語圏の映画。ほかに中国のテレビ、インディペンデント・ドキュメンタリー、ニューメディア、韓国映画、アジアのクイアーシネマなどもフィールドとする。近年の主な著作は『Postsocialist Cinema in Post-Mao China: The Cultural Revolution after the Cultural Revolution』(New York: Routledge, 2004)、共著に『Cinema and the National: China on Screen』(Columbia University Press and Hong Kong University Press, 2005)、共編に『Island on the Edge: Taiwan New Cinema and After』(Hong Kong: Hong Kong University Press, 2005)、訳書に『Memoirs from the Beijing Film Academy: The Origins of China’s Fifth Generation Filmmakers』(Duke University Press, 2002)など。
上映作品:『イン・パブリック』 オムニバス映画『三人三色』より
From "Digital Short Films by Three Filmmakers"
(監督:賈樟柯(ジャ・ジャンクー) /中国/2001/中国語/30分)
ナム・イニョン
韓国ドンソ大学教授。ソウル女性映画祭プログラム責任者、ソウル・インディペンデント・ドキュメンタリー映画ビデオ祭プログラム責任者。博士論文は『A Study on the Modes of Representation in Korean Independent Documentary Films (Dept of Film Theory, The Graduate School of Advanced Imaging Science, Multimedia and Film, Chung-Ang University)。編共著に『Korean Independent Documentary (Seoul: Yedam, 2003)、共著に『Contestant Images: Korean Culture and Film in 1980s』(Seoul: Malgil, 1993)、訳書にFredric Jameson著『Signatures of the Visible』(New York: Routledge, 1992. Korean version published by Hannarae, 2003)など。
上映作品:『家族プロジェクト―父の家』
Family Project: House of a Father
(監督:チョ・ユンギョン/韓国/2002/韓国語/52分)
森 達也(もり・たつや)
映画監督、ドキュメンタリー作家。1956年生まれ。テレビドキュメンタリー作品を数多く制作。1998年、オウム真理教の荒木浩を主人公とするドキュメンタリー映画『A』を公開、ベルリン・プサン・香港・バンクーバーなど各国映画祭に出品し、海外でも高い評価を受ける。2001年に『A2』を完成。ノンフィクションの著書も多い。『悪役レスラーは笑う―「卑劣なジャップ」グレート東郷』(岩波新書)、『ドキュメンタリーは嘘をつく』(草思社)、『戦争の世紀を超えて その場所で語られるべき戦争の記憶がある』(講談社)、『世界が完全に思考停止する前に』(角川書店)、『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』(角川書店)など。
上映作品:『放送禁止歌』
(監督:森達也/日本/1999/日本語)
鄢雨(イェン・ユィ)
1971年重慶生まれ。1994年から1998年まで重慶テレビニュース部に勤め、フォトジャーナリストとして活動を始める。その後北京に移り、ドキュメンタリーやドラマシリーズ、広告の撮影を行う。李一凡(リ・イーファン)とふたりで、三峡ダムの建設で沈む長江沿岸の町奉節で長期撮影。完成したドキュメンタリー『水没の前に』(2004)はベルリン、パリのシネマ・デュ・レール、香港、山形など世界の国際映画祭で受賞し評判を呼ぶ。
当初予定されていた李一凡監督の来日が、都合により『水没の前に』の共同監督の鄢雨(イェン・ユィ)に変わりました。
佐藤 真(さとう・まこと)
1957年生まれ。ドキュメンタリー監督。学生時代に訪れた水俣でドキュメンタリー映画と出会い、『無辜なる海』(香取直孝監督)の製作に参加。その自主上映の旅で新潟・阿賀野川に暮らす人々と出会い映画作りを決意し、スタッフ7人で3年暮らして『阿賀に生きる』(1992)を完成。各賞を受賞。監督作品は『まひるのほし』(1998)、『SELF AND OTHERS』(2000)、『花子』 (2001)、『阿賀の記憶』(2005)など。最新作は『Out of Place』(2006)。著書に『日常という名の鏡』、『ドキュメンタリー映画の地平』(凱風社)など。京都造形芸術大学教授、映画美学校主任講師。
上映作品:『忘れないで!』 Don't Forget Me
(監督:マヌットサック・ドークマーイ/タイ/2003/タイ語/10分)
ほか