2006年度冬学期 EALAIテーマ講義 東アジアの公論形成 II

火曜5限(16:20-17:50) 教室:12号館1213
担当教員:三谷 博
東京大学 東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ

アンケート紹介

2006.12.05(火)「現代インドのメディア」ラジーヴ・ランジャン

 インドにおけるテレビというメディアの役割に関心を持った。インドのような識字率がまだ低い国々で新聞・雑誌が十分に普及していなくても、テレビの普及によって公共圏が形成されることは十分可能であろう。(1年/文Ⅰ)


 インドといえば最近では非常に発展していると日本のメディアでは報道されることが多い。インドでは数学に非常に力を入れているとか、インドの企業がのびているとかいう。面が強調されている気がする。しかし、今回の授業でラージャン氏がとりあげたような、メディアの普及や国内の問題について取り上げられることは少ないのではないか。今回の授業を聞いて、日本で取りざたされるインドの発展というのは、本当に一部のことだと思い知らされた。そのことはインターネットの普及率が1%であることにも顕著である。実態を知ることで日本のメディアの問題点も見えてくる。すなわち、インドの抱える格差や農村問題を無視し、ほんの一部の経済的発展など、国民が関心を持ちやすいことに特化して報道しているということである。商業化という問題はどの国のメディアにも共通だが、国営メディアこそがその穴を埋めるべきなので、重視すべきではないか。(1年/文Ⅰ)


 政治腐敗や識字率の問題など、これまでの講義で紹介された中国の状況と似ている点がインドにはあると感じられた。しかし、近代的放置と離れた中国農村部のいわゆる「顔」による信頼関係などの自治の仕方(国家権力に対して消極的)に対して、インドの人々はメディアを活用しつつ国家の一員になろうとしている(国家権力に対して積極的なアプローチ)趨勢があるのではと感じた。低い識字率や農村の貧困などの問題に対しては、学者や都市で力を持った市民が積極的に民主主義の牽引車に成ることで改善に向かうのではないか。そのためのアイテムとしてメディアが重要となると思う。(1年/文Ⅱ)


 インドの独立以後の歴史には疎く、90年代に政変が続いたことを知らなかったが、非常に興味深い点がいくつかあった。まず例に挙がった3つの事件で、被支配者たる国民がメディアを通じて力を持つようになった劇的出来事があったことに驚き、かつメディア・国民の潜在力はさぞ大きかろうと思った。インドの独立運動に新聞が大きな役割を果たしたことは中国などと同じだが、イギリスの植民地であったことで独特の事情が生じたと思う。イギリスは自由主義とその実践に力を入れていたので、フランスなど他の西欧国家の植民地との比較も何か得るものがあるのではないか。またラジオ放送実験が大きな効果を上げていること及び非政府組織がUNESCOなどに支援されていることにも感心した。放送実験は他の国、たとえば日本でも取り入れると面白いのではないか。結論について、公共圏形成のためには公共圏教育が必要なことは日本でも中国でもインドでも同じなのだと感じた。しかしインドは宗教・カーストに分かれているから難しいかもしれないとも思った。
(1年/文Ⅲ)
 

 第4の権力といわれるメディアだが、中国同様普及はまだまだである。しかし、元来の勤勉さや英語圏としての価値を考えると、この普及度が高まれば高まるほど、知的レベルや商業的地位が向上しそうで面白い存在になりそうである。中国と違って共産党の圧力などもないので、比較的柔軟に普及しそうだ。(1年/文Ⅲ)

講義概要 現代インドに於けるメディア―公共圏の展開をめぐって―
○現代インドのメディア
1947年のイギリスからの独立以降を「現代インド」とよぶ。メディアの発展及びそれによる公共圏の展開は1940年代から始まった。
[テレビ]インドでは識字率が高くないので新聞よりもテレビの普及率・影響力が高い。しかしながら、はじめは国営放送(2チャンネル、夕方3時間の放送のみ)しかなく、政府の宣伝機関的な放送で情報が正しく流れなかった。1990年代に入り、ケーブルテレビと衛星放送が導入され、今では何百チャンネルもの番組が自由に何でも放送している。特に1991年の湾岸戦争は生放送され国民に大きな影響を与え、テレビの普及を促進させた革命的な年であった。2005年の統計で、6800万の家庭がテレビを持っている。
[ラジオ]1927年7月23日にインド放送協会が発足。現在に至るまで国営であり、政府の宣伝機関の役割をしている。1994年に、民営放送が登場し現在では304局ある。国営放送の場合、ニュース中心の説教的内容のもので娯楽要素は少ない。しかし近年、非政府組織によって地域別ラジオ放送(各地方の言語で住民が抱える教育や健康の問題を中心に放送)が試みられ、成功している。
[インターネット]インターネットは1991年以降始まったが、普及率1%であり、政府の宣伝道具的な役割を果たし、情報は常に一方的にしか流れない。インターネットは、識字率やパソコン所有力の問題から都市の上級カーストによって独占され、生活に関わる設備(電気や飲み水等)もない国民には縁のないものである。
○メディアの関心のあるところと関心のないところ
ニュースは国内ニュースが6割を占める。メディアの関心は、汚職や殺害事件、紛争事件、日常生活に関わる経済の動き等に向けられている。また、新聞広告の関係で新聞の商業化が加速し、例えば若者の購読者を対象としたスポーツやファッション、芸能のニュースが多く取り上げられるなど、広告料を取るために購読者が増えるような内容のニュースをたくさん記載するようになった。一方、メディアの関心のないニュースは、農民の貧困や農村の生活水準に関わる問題点などである。
○公共圏形成の条件
次の四点を挙げることができる。①国家管理の縮小。メディアの大部分を政府が握っている状況を改善しなければ、公共圏は生まれにくい。②生活水準の向上。農村には飲み水や電気がなく明日の生活の見通しが立たず、公共圏のことなど考える余裕はない人が多くいる。生活水準を上げることが根本的に重要である。③公共界認識の重要性。国民の間で公共界の認識が低いため、「他人の為に働く」「公共圏にどのように貢献するか」といったことを教える教育が必要。④共通民事法典。インドではカースト・宗派別の民事法があるため、公共圏の個別性を支える根拠となっている。共通の民事法典を整備することで、共通の公共圏を形成できる。