2008年度夏学期 EALAI /ASNETテーマ講義 | アジアの自然災害と人間の付き合い方

月曜2限(10:40-12:10) 教室:5号館523
担当教員:小河正基(総合文化研究科准教授)/加藤照之(地震研究所教授)
東京大学 東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ

アンケート紹介

2008.07.14(月)7月14日:白濱龍興先生「自然災害と医療」

「患者の選別」などは、長い間自然災害や事件と付き合ってきた結果生まれた新しい対策であるが、他にも未だに効率の悪い作業はたくさんあるであろう。そうした問題点はどのようなものであろうか?(1年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
トリアージとは「患者の選別」であることは間違いのないところですが、「患者の重傷度による治療の優先順位」と考えた方が分かりがよいと思います。わが国でトリアージが議論され始めたのは阪神淡路大震災以降で、まだまだ歴史は浅いです。防災訓練の際にトリアージの訓練をやりますが、実際のトリアージは「JR福知山線脱線事故」(2006年)の時に行われ、東京・秋葉原の7人殺傷事件の時もトリアージが行われました。
日本は平素から縦割り社会といわれて長いのですが、災害時のような緊急事態においてもあらゆる面で縦割り意識がまだまだ存在し、最も必要な「情報の共有化」や「諸機関の連携」等が欠落する傾向にあります。



災害が生じた際には、特に都市部では普段よりもはるかに多くの医療器具・薬品が必要になるが、それらの備蓄は病院内にあるのだろうか?それとも特別な施設があるのだろうか?また、地域間で備蓄のかたよりはあるのだろうか?(1年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
自然災害による被災に対する非常食や飲料水や生活用水などの備蓄を考えた場合、72時間(3日間)生きながらえることを基本に考えます。大抵の場合3日経つと、誰かが助けに来てくれます。この72時間をゴールデンタイムといい、救援活動の場合もゴールデンタイムを意識し、出来るだけ早く開始しなければなりません。災害対処用の医療機器材や医薬品等の備蓄は災害拠点病院や大きな病院、特に南関東大震災や東海・東南海・南海大地震など将来的に大規模災害が起こる可能性が高いといわれている地域の病院や自治体等では現実的に取り組んでいるところが多いと思います。備蓄があっても輸送手段がなければ有効に活用されませんので、輸送手段の確保もかねてから確保しておかなければなりません。
なお、JICAや日赤などの国際緊急援助活動を行っている組織は、成田および国内のみならずメキシコシティ、シンガポール、ワシントン、ロンドン、オスロなどに海外の備蓄の拠点を持っております。



トリアージで赤と黒の見分けは難しいのではないか?その後、そういったことをめぐるトラブルはないのか?(1年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
トリアージの「黒」の場合は、死んでいる場合、及び身体的状況により死が確実視されている場合に限られます。しかし確実に死んでいる場合を除き、「赤」としての判定になることが多いと思います。心理的にも「黒タッグ」は辛いと思います。むしろ「赤」と「黄」の判断が難しいと思います。JR福知山線脱線事故に際し、黒タッグを付けられた遺族からクレームがつけられた件があったと伝えられました。いずれにしましてもトリアージというのはまだまだ現実的な微妙な問題を含んでおります。災害時といえどもトリアージが必要であるという国民の理解が求められます。



自衛隊の援助に関して、やっていることは重要なことだと思ったが、いくら自衛隊は軍隊でないといっても、やはり現地の人々には「軍隊」というイメージを与えかねないと思う。現地の人が彼らに対して恐怖感を抱いてしまうということはないのだろうか、と思った。(1年・文Ⅲ)
【白濱先生のコメント】
現在自衛隊はゴラン高原(PKO)、インド洋上(給油活動:テロ対策特措法)、イラク(輸送活動:イラク人道復興支援特措法)で活動しております。海外で自衛隊が活動する場合は、日本の法律(場合によっては時限立法)に従い、国連及び活動地域の国の要請によって、行います。現在のところ自衛隊は国内の法律により医療とか輸送(機材や毛布やテントなど)及び施設(道路や橋の補修など)などの活動に限定されておりますので、現地の方々が恐怖感を持って自衛隊を評価しているということは現段階のところはないと思います。



講義を通じて気になったことは、災害医療が阪神・淡路大震災後だったということと、災害後の心のケアについてです。僕の祖母は、阪神・淡路大震災を直接経験し、祖父がその1年前に亡くなっていたこともあり、ひどく落ち込んでいました。結局そのまま元気が戻ることなく、約1年後に亡くなりました。今日のお話をきいて、もっと前から災害医療が確立していれば、と思いましたし、現在でも心のケアについてはまだ不十分な点がたくさんあると、マスコミ等を通じて感じているので、早期に改善されることを期待しています。(1年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
「災害と心のケア」は、大変重要なまた重いテーマだと思います。被災直後は「命が助かりさえすれば・・・」という思いも、次第に時間が経過すると周辺の状況が見えてきます。恋人、配偶者、肉親、友人をなくした心の痛み、家屋や財産やペットなどを失った直接・間接の喪失感は筆舌に尽くしがたいものだと思います。将来に対する不安も含め、増大する孤独感など、災害直後のみならず、年余にわたり被災者を苦しめることになると思います。今も阪神・淡路大震災の後の孤独死、独居死が伝えられております。
メンタルヘルスケア、心のケア、心のリハビリテーション、いずれの場合も国や自治体等の果たす役割は大きく、医療のみならず、多くの方々、ボランティアの方々の関わりが大事だと思います。



災害医療はどの地域であっても等しく受けることができるのだろうか。都市から離れた地域で、災害医療が遅くなるのではないか、また、都市部で一度に多くの人が被災したときに、多くの人を同時に救えるのだろうか。(1年・理Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
昨年の柏崎市を中心に襲った「新潟県中越沖地震」の場合、全国からDMAT(Disaster Medical Assistance Team 災害派遣チーム)が参集し、漸次地元新潟県の医療チームに引き継ぐということをやりました。医師や看護師などで構成されているDMATは、何処で何があってもはせ参じるように、今も待機しております。公的防災機関といわれる警察・消防・自衛隊も24時間体制で待機しており、自衛隊の場合は医師や看護師などで作るチームも待機しております。勿論ヘリコプターも待機しております。災害医療の提供が地域により異なるということはないと思います。
もし阪神・淡路大震災クラスの大規模災害が大都市を襲った場合は、被害は甚大で、想像をはるかに超える高層ビル難民、避難所難民、帰宅難民が生じる可能性があり、人・物・金全てが不足する事態になり、国家の経済を脅かす規模の被害になると思います。それに備えなければなりません。まず「自助」自分が助かる術を平素から考えておく、そして「共助」共に助けあう、さらに「公助」自衛隊・警察・消防などの公的防災機関が助けに来る、災害対処の基本となります。 



例えばヘリコプターについて、救助のためのヘリならば仕方がないかもしれないが、超低空を飛ぶ報道機関のヘリがうるさく、助けを呼んでも聞こえないなどの事例が報告されているという話を聞いたことがある。一方を立てれば他方が立たなくなるのはよくあることだが、災害時は(普段)つい見落としがちなところもはっきりと見えてくるので、何か改善できないかと思う。(1年・理Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
情報収集のヘリ、報道機関のヘリ、救援物資を運ぶヘリ、警察・消防・自衛隊のヘリ、その他自治体や民間のヘリなど実に多くの機関等のヘリが被災地の上空を飛ぶことになると思います。情報収集や人命救助(被災者や医療関係者や医薬品などを運ぶ)、消火、救援物資輸送のヘリを優先させるなどの、航空統制が必要だと思います。阪神・淡路大震災の時、「自衛隊のヘリは何故飛ばなかったのか?」など多くの論議がなされ、本も出ております。真相の検証がされないままで経過している事がないわけではありません。



何かの災害の時、どこかの知事が自衛隊出動を拒否した、或いは市民団体が出動要請を批判した、と話を聞いた覚えがあります。白濱先生はそれについてどのようにお考えですか。(2年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
災害時に自衛隊の部隊派遣を要請することが出来るもの(要請権者)は、都道府県知事、空港長、海上保安本部長等となっております(自衛隊法83条)。自衛隊の災害派遣要請を渋った知事、自衛隊の派遣要請の仕方に精通していない知事、出来るだけ自衛隊と付き合いたくない知事がいたことは事実です。そのために出動が遅れたのも事実です。しかしそれも阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件などの時の自衛隊の活動等を通じて、大分変わってきました。「新潟県中越地震」(2004年)「福岡県西方沖地震」(2005年)、「能登半島沖地震」(2007年)、「新潟県中越沖地震」(2007年)などの時は可及的早期に県知事から派遣要請が出ております。かつては自衛隊のヘリの着陸を拒否した空港長もいたようですが、現在はその様なことはないと思います。災害時には被災者のことを最優先に考えるべきであると思います。



医療機関に災害対策用の備蓄を促すような税制度、または法的な義務を強化すべきなのではないでしょうか。災害時も含めて救護人員の増大は切実な問題ではありますが、現実的には対物対処の方が有効ではないかと思いました。(2年・文Ⅲ)
【白濱先生のコメント】
全国に約550個ある災害拠点病院(厚生労働省指定)の場合は、災害用の備蓄を義務づけておりますが、備蓄品の基準等の法的規制まではしておりません。国立病院機構災害医療センター(立川市)は地下全体が備蓄庫になっており、ベッドや医療器材、医薬品、食糧、飲料水などあらゆる物をいざというときのために備えております。自衛隊中央病院でも備蓄しており(国内災害用)、実際の災害派遣活動の時にはその備蓄庫から医薬品や資器材などを持って出て行きます。備蓄している非常食等には賞味期限がありますので、期限切れ前に職員が試食し、被災者の実体験をすることも大事です。


阪神・淡路大震災から様々な教訓が得られ、防災に関し様々な変更が加えられたという印象を受けた。新潟県中越地震(新潟県中越沖地震では?)から新たに得られた教訓はどのようなものがあったのですか?(1年・文Ⅰ)
【白濱先生のコメント】
新潟県中越沖地震(2007年)の時は医療チーム本部が柏崎市の「元気館」(高齢者用のコミュニティセンター)という大きな建物(避難所として使用)の一角に置かれました。白髭橋病院長石原先生(東京都医師会)、柏崎市保健所長、柏崎市医師会長の3人が全国から駆けつけた医療関係者全てをコントロールしました。それ以前の場合は、被災地における医療支援活動は日赤、各医療機関、DMAT、医師会、NPO、ボランティアなど各組織等が余り連携せず、独自に行っておりましたが、昨年の新潟県中越沖地震の時は、これらの組織が全て医療チーム本部の下で一緒に活動をしました。私の経験では初めてのことでした。災害時の連携の重要性が認識されてきて、大変良い傾向だと思います。

【白濱龍興先生より】
アンケートに対する総評
「アジアの自然災害と人間の付き合い方」というテーマを自分の意志で選んで授業を受けに来た学生だけあって、災害そのものや災害医療に対する関心が大きいと思いました。
特にトリアージ、災害対処の3T、災害に対する備蓄、自衛隊の活動など、初めて聞く話が多かったせいか、関心を持って頂いて、私も大変勉強になりました。
彼らの一人一人の意見を今後の糧にしたいと思います。白紙が3人いましたが、それも大事な反応・意見だと思います。
このコースの授業の最中に、「ミャンマーのサイクローン」、「四川大地震」、「岩手・宮城内陸地震」という実際の巨大自然災害、生きた教材が発生し、これ以上時期を得たシリーズ講義はなかったのではないかと実感しました。


今回の授業について
私自身、防衛医大や自衛隊関連の学生以外の学生に「災害医療」や「自衛隊の活動」などの講義をしたのが初めてでありましたので、果たして聞いてくれるか否かということが不安でした。壇上から眺めていた限りでは、気持ちよさそうに目を閉じていたのはお一人で、実際にはもっといたのかも知れませんが全然気になりませんでした。私語もなく携帯を覗くものもなく、ジュースを飲むものもなく、さすが東大と思いました。
いろいろとご配慮有り難うございました。