2008年度夏学期 EALAI /ASNETテーマ講義 | アジアの自然災害と人間の付き合い方

月曜2限(10:40-12:10) 教室:5号館523
担当教員:小河正基(総合文化研究科准教授)/加藤照之(地震研究所教授)
東京大学 東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ

アンケート紹介

2008.06.02(月)鼎信次郎:「温暖化と洪水」

日本における洪水の犠牲者や経済的損失が1960年代にピークになっているのは高度経済成長と関連があるのだろうか?(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
戦後の自然災害(水害)が酷かったために、官民上げて防災に取り組んだ効果が高度成長期ぐらいに現れたと言えましょう。それらの経緯の一端は「社会資本の未来」という日本経済新聞社からの本の第3章に書かれています。
また、その当時、発行された本として「国土の変貌と水害」(岩波書店)というものがあります。名著なのですが、絶版です。でも古本屋などに良く置いてあります。当時の状況を知るには貴重な本です。もう少し前の状況ですと、小説ですが、「細雪」には神戸の大洪水の様子が記されています。神戸が大洪水なんて信じられなくないですか?



「今の時点ではそんなに深刻ではないがアクションは今とらなければならない」というのが心に残った。もう手遅れではないのかと思っていたが今はまだ大丈夫なのだと安心した。しかし大丈夫だと安心するだけではなくて本当に先の危機感をもってアクションしたい。(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
「もう駄目だ」と絶望したり、その裏返しとして「何もしなくてよい」と開き直ったりする人もいます。また、そういう極端なメッセージがメディアやネットに載りやすいのも事実です。しかし世界中の多くの人は、焦らず諦めず一歩ずつ努力しています。
危機感を実感するのは、正直なところ、私にだって簡単なことではありません。日常生活で感じるような本能的な危機感を感じるのは無理でしょう。だからこそ、理性で危機感を感じることが、先進国でwell educatedな立場にいる我々の役割です。



「洪水の急増」の理由として途上国では人口増大に伴い、洪水の危機にある地域に住まざるを得ないという理由も考えられないだろうか。(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
はい。その通りです。危ない場所は安いので、貧しい人が住みやすく、結果としてそういう人々が危険な目にあいやすいということになります。日本の田舎でも、「本家」というのは良い場所にあるものですよ。「水害」という中公新書(ひょっとしたら絶版)が、そのあたりの興味深いことを書いています。これも面白いのでお奨め。この著者は司馬遼太郎の街道をゆくの「36 本所深川散歩」にも登場し、司馬さんは東京が湿地であり排水が大変であったことを述べられています。



温暖化問題の報道については随分と歪められているとのことだったが、マスコミがそうすることによって何かメリットはあるのだろうか。それとも一般民衆に注意を呼びかけるためあえて大袈裟に伝えているのだろうか。(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
マスコミ各社の最大の目的は、自社の本や新聞やTV番組が売れることです。ということは、報道がどのように偏るか想像できますよね。それを非難することは出来ません。一方で、少なくとも直接お会いしたマスコミの方々は、バランスが取れており、かつ、専門家もびっくりなぐらい良く勉強されていると感じています。このような特徴を自然と持つマスメディアというものと、どのように付き合うかを考え実行することは、皆さんの長い人生において必要なことでしょうね。



高校で、現在の温暖化問題について「今まで何億年も繰り返してきた地球規模の気候変動だ」と言っている先生がいた。その先生は、人間の行為による地球温暖化は些細なことであると主張していた。実際温暖化を軽視している学者もいるようである。また、温暖化の何がいけないのかという人もいる。ある島や国が沈んでもそれは人間の招いた結果であって、偶然その地に人が住んでいたという程度の認識だ。同じ温暖化に対しても、国によってその重大さの程度の認知が異なる。それは国益を考慮した結果であるかもしれないが、各々の国民性や環境に大きく左右されると思う。どんなに情報を手に入れてもやはりアメリカ人にとっては国の水没は他人事であるし、本当に親身になることはできないと思う。(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
他のアンケート質問にあったのですが、「まだ温暖化は現れていない」と私が言ったと誤解している人が居たら、私の説明が失敗でした。ごめんなさい。世界の平均気温については、すでに現れています。それが世界の科学者の一般的な見解です。ただし、すでに現れた小さな気温上昇より、これから未来に想定される大きな気温上昇のほうがずっと深刻であると言いたかったのです。「今、現れているかどうか」を議論するのは些細な問題であると。一方で、世界の平均気温には現れているわけですが、最近の大型台風が温暖化と関係があるかどうかは分かっていません。
ですから、「現在の温暖化は今までの何億年の繰り返しの一部であって、人間活動は関係ない」とおっしゃったその先生は、ギャンブルに出ていることになります。もちろん、真実なんて分かりません。永遠に分かりません。(真実や科学的事実というものがあると誤解しがちなのは、入学したての東大生の常だと思いますし、私も昔はそうでしたが、そんなものはありません。この世にあるのは、一番もっともらしい仮説、だけです)。世界中の科学者が知恵を集めて出した結論は「今の温暖化は人間活動によるものだ、というのが、一番もっともらしい仮説である」ということです。世界中の科学者が、結果的に間違えている可能性は、ごくわずかながらあります。その先生はギャンブルに出て、そちらの大穴に賭けたのです。
温暖化の何がいけないのか、という点については、次の質疑応答もご参照ください。我々は温暖化を煽って宣伝したいわけでもなんでもなく、100%だと思っているわけでもなく、色々真摯に考えて、こういう研究や様々な対策を進める必要があると考えるに至ったのです。ちなみに寒冷化も研究ターゲットです。
もし、あなたが十分にお金持ちなら、温暖化なんて何の影響もありません。クーラーの効いた高台の邸宅で、召使を使って豊かに暮らしてください。それも一つの人生です。
最後にアメリカですが、アメリカは大きく方針を変えつつあります。ブッシュ政権は石油産業と結びついていたはずですし、もう一つは、僕の想像でもありますが、ブッシュはクリントン時代に進めたことが嫌だったのでしょう。(ABCという言葉あります。ブッシュの政策は Anything But Clintonだという)。まあ、この辺りは私的な憶測ですが、いずれにせよアメリカ全体の風向きは変わっています。各州の政策も、次期大統領候補の政策も、これまでのブッシュ政権とは違います。ただ、それでも、アメリカが今の生活スタイルを変えられるかというと…疑問は残ります。またアメリカの風向きが変わったのは、倫理感に基づいている場合もありますが、そちらが金がもうかりそうだから、という人たちもいるはずです。CNNなどを見ると、石油会社が「石油以外のエネルギーも真摯に考えています」というCMをたくさん流しています。その背景は知りませんが、いろいろ想像できるはずです。



統計上の数値が増えているからと言って、過去には情報がなかったなどの理由も考えられ一概には地球温暖化が原因とは言えないなど、統計の新たな見方が身に付いた。化石燃料はいずれ枯渇するのだから、そうなれば地球温暖化もストップする。だから温暖化対策は特に必要はないという考え方はあまりにも楽観的すぎるだろうか?(1年・文Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
いわゆる温暖化研究をしている人は、暑くなることだけを対象としているわけではなくて、化石燃料の枯渇や、その後の人類の生き方までをターゲットとして研究しています。化石燃料の枯渇のことをうっかり忘れて、あるいは都合よく無視して考えているわけではありません。たとえば、岩波書店の「世界」という雑誌の「地球温暖化を過不足なく理解する」(増田耕一著)という記事をご覧ください。図書館にあります。ウェブ検索でも、上記のようなキーワードを入れると、同著者の類似の文章に行き当たります。



ヨーロッパに行くと「洪水や地震で大変だ」と言っても、それらの災害をあまり経験したことのないヨーロッパ人の反応は薄いと聞いたことが印象的であった。どのようにすればヨーロッパ人の目をアジアに向けさせることができるだろうか?(1年・文Ⅱ)
【鼎先生のコメント】
国際的な会議の場などに、多くの人を送り込み、多くの意味ある主張をすることです。まず、数は力です。ただ、数だけでも駄目です。たとえば研究業界について言えば、世界をリードする研究をしてこそ発言力が増します。また、英語の最低限の能力も必要です。
みなさんは若いので、是非、英語の訓練をして、国際的な場で活躍してください。まだ僕よりずっと若いので英語力は飛躍的に伸びるはずです。NHKラジオとかで十分。世界のトップの大学の大学生で英語が不自由なのは、日本の東京大学だけです。(英語という単一言語が、まるで国際言語のようになっている状況には違和感を感じる。だが、それは別の話。現実社会での対応のためには、英語を勉強すべきでしょう。)
正直、他の地域のことを実感するのは非常に難しいわけです(←留学した場合などを除きます)。だから欧米の人の多くに「想像しろ、理解しろ」というのは無茶な期待。こちらから強く主張するのが重要となります。



単に水面上昇に留まらず、温暖化に伴って洪水が増えていくというのは由々しき事態でありこれからも被害が増えると思われる。21世紀は「水の世紀」と呼ばれるが単に水不足が起こるというだけではなく、これらの水に関する被害への対策も進めていくべき時期なのでないだろうか。(1年・文Ⅱ)
【鼎先生のコメント】
はい。とはいえ、水不足も重要です。両方重要。水不足のほうについては、少なくともあと90分講義が必要です。講義の代わりに 
http://hydro.iis.u-tokyo.ac.jp/Info/Press200608/
を参考にしてくださるのも一つの手です。「シルクロードの水と緑はどこへ消えたか」(昭和堂)という本の第5章は、水不足関係についての私の解説文です。



洪水等への日本の適応策の方向性はわかったが、具体的には何をやっているのだろうか?また途上国へも具体的にはどのような援助を行っているのだろうか?(1年・文Ⅲ)
【鼎先生のコメント】
国内については、いきなり皆さんの目に見えることはありませんが、日本の行政は方針を少しずつ変えています。それについては国土交通省(特に河川局)のホームページから、誰でも情報を得ることができます。政策はこれからも変わっていくので、ときどきチェックすることが必要です。もちろん、その方針は、各河川や各都市の水害対策に少しずつ反映されていきます。本当に興味があれば、それぞれの川を担当している事務所などがあるので聞いてみるのも手です。それぞれの地域に根ざした事業が必要ですし、なによりも長い時間をかけて少しずつ行なうことですので、一言で全体を説明できるものではありません。
海外に関しては、これまでも援助は行なってきましたが、今後ますますこの方向性の援助を拡大しようという機運が高まっています。外務省、JICAのホームページなどから情報が取れると思います。最近の新聞の福田政権関連のニュースからも、色々分かることと思います。少し前は横浜でアフリカを対象とした会議(TICAD)が開催され、今はローマで食料サミット、そしてさらに夏には洞爺湖サミットです。ニュースに注目してくださいね。それらの場では環境(と温暖化と水と食料とエネルギー)は最大級のトピックです。個別の対策は、国により地域により異なりますし、ちょっと技術的すぎるので、ここに書くことは相応しくないでしょう。



前回講義とテーマ・結論が似ているが、研究において相互協力などは行っているのだろうか?(1年・文Ⅲ)
【鼎先生のコメント】
春山先生とは(たまたま)直接の面識はないのですが、知り合いの知り合いという状況です。アメリカ的に言うと友人の友人ですが、日本なので目上の先生には「知り合い」という言葉を使ってみました。
お名前と成果は、ずっと存じ上げています。結果として同じプロジェクトに絡んでいたこともあります。一般的に、日本で当該分野の人材は少ないので、色々な方と相互協力して研究を進めています。余談ですが、当該分野(のみならず各種専門家)の人数が居ないのは、日本にシンクタンクがほとんどなく、仕事して成り立たない(=大学の先生ぐらいしか仕事がない)からだと思います。



昔の日本では洪水による被害が度々あったと聞くが、現代の日本でも大きな被害が洪水によってもたらされていることに驚いた。現在では堤防や排水溝がきちんと整備されていると思っていたからである。(2年・文Ⅲ)
【鼎先生のコメント】
たとえば「東海豪雨」という名前でインターネット検索をしてみてください。名古屋の大都会の一部が大洪水に沈みました。2000年のことです。当時、NHKのゴールデンタイムの番組などにもなりましたよ。
また、あなたがもしJRやJALなどに就職したとしたら、と想像してください。華やかで人気のある会社・職業ですよね。それらの職場では、洪水だけでなく風害、土砂災害なども対象となりますが、自然災害対策が重要視とされていることを実感できるはずです。



IPCCはどこの国が中心になって結成したのか?また本拠地などはあるのか、より詳しく知りたいと思った。(2年・文Ⅲ)
【鼎先生のコメント】
とりあえずの情報はwikipediaでも調べてください。深くについては、「温暖化の“発見”とは何か」(増田耕一他翻訳、みすず書房)が、非常に面白く、ためになる本です。



先生が最後のメッセージとしておっしゃっていたが、結局どんな技術があったとしても、それが政治・経済的に実現できるかが重要だという姿勢が節々から伝わってきた。(2年・理Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
はい。そう思います。技術と政策と両方をバランス良く考えたい人は、ぜひ社会基盤学科へどうぞ。文系からもどうぞ。我々の研究室には、過去に3人ぐらい文IIIが居ました。
念のためですが、理系がどうでもいいとか、技術はすでに全て揃っているという意味では言っておりません。理系も文系も重要。さらには、理系と文系の垣根をなくすことが重要。政府の中枢部が文系のみであるこの国の未来は、必ずしも明るくないと思っています。養老孟司氏が「ほんとうの環境問題」という本を最近出しましたが、そこでも「行政や政治がモノ(=日本では一般的に理系的と考えられている内容)にこだわることの重要性」が記されています。ちなみに、この本は、どちらかというと反温暖化的に書かれているのですが、最後のほうの結論は、温暖化研究をやっている私などと一緒です。暑くなるから温暖化を考えよう、ということではなくて、今後の石油に頼らない未来社会設計を考える必要があるということです。



「チーム-6%」というものができたが、国民の生活レベルでは温室効果ガス減少の試みはほとんど見られない気がする。(2年・理Ⅰ)
【鼎先生のコメント】
見られないですねえ。達成できないとすると、ロシアや東欧に超大金を払って彼らの削減した温室効果ガス(の削減量=カーボンクレジット)を買わせてもらうことになるか、それとも世界中から後ろ指さされるつつ開き直るか(=切腹を伝統に持つ日本人は開き直れないだろうから、こうはならない気がします)、どちらかです。
そのような状況の中、現政権は、かなり本気で-6%の達成を狙っているようにも見えます。とはいえ、内閣支持率はどん底ですよね。さて、どうなることやら。(本項は政治的発言は一切含まれていませんので、ご注意を。単なる客観的事実を書いただけです。)



地球には温暖化ではなく氷期がもうすぐ来るということをテレビで見たが、それはあまり証拠がない。目の前の温暖化問題を解決すべきだと思う。(1年・理Ⅱ)
【鼎先生のコメント】
氷期は来ることでしょう。ただ、それが「もうすぐ」というのには根拠はありません。また、そもそも「氷期がまた来る」というのも、これまで過去に何回か来たから次も来るに違いない、という程度の予測です。
あとは確率の問題で、今後30年とか100年を考えたときに、突然、地球が氷期に入るか、それともこのまま順調に温暖化するか。頭の中には、もちろん両方の知識が必要ですよ。ただ現実社会において、優先対応すべきはどちらか。そういうことを常に考えている専門家たちがいるわけです。繰り返しますが、寒くなったときのことも研究対象です。


【鼎信次郎先生より】
講義中はどうも口というか頭が回りませんでしたので、一人でも二人でも読んでくれたら良いと思いつつ、講義では伝えきれなかった点を質疑応答に書きました。「先生、暇なんですか?」と言われてしまったら身も蓋もないですが。