経済のグローバル化、とりわけ日本を取り巻くアジア諸国との関係の急速な深化とそれに伴う人の移動の拡大は、食品の生産と流通のあり方に大きな変動をもたらしつつある。こうした変化の現状とその日本を含むアジア諸国に対する中長期的な影響について、食の生産・流通、食の安全、そして食文化といった側面に注目して多面的な考察を試みる。講師には食にかかわる分野の研究者をはじめ、官公庁、企業などの第一線で活躍する専門家を招き、それぞれの経験を踏まえて話をしていただく。
金曜5限(16:20~17:40)/KALS(17号館2階)
国際穀物市場での供給は、天候等によって変動するし、生産のごく一部しか貿易されない。したがって、生産がわずかに減少しただけで、価格は高騰する。1973年に穀物価格が3-4倍に高騰した際、世界の穀物生産は、3%減少しただけだった。
WTOでは、日本の地位は低下しているが、TPPではアメリカに次ぐ地位。WTOで規律されていない分野のTPP交渉に参加して、日本の利益を反映できれば、それをWTOに持ち込んで世界のルールにできる。したがって、早く参加すべきだ。関税を撤廃するといっても、10年間の段階的な引き下げ期間が認められるので、その間に策を講じることが可能。高齢化、人口減少時代では、国内の食用の市場は縮小する、相手国の関税を下げて、農産物を輸出するためにも、TPP加盟が必要だ。日本は、価格(消費者負担)で農家を保護したため、消費が減退した。一方、欧米では、財政負担により農業を支えたため、消費が減少するという副作用がなかった。価格や関税ではなく、直接支払いという財政で保護すべき。
震災を本格的な農業基盤整備の好機ととらえ、地方ベースで震災復興の土地利用計画を立案すべきだ。
日本の周辺で戦争が起きると、日本に船が来られないので、食料危機に瀕する可能性がある。これが日本で食料危機が起こる唯一の場合だ。その場合は、まず食料備蓄を消費し、その間に国内生産に励むことになろう。そのためには、農地を維持できるよう、健全な農業を発展させることが重要。
食料自給率向上や食料安全保障は消費者のための主張のはずだが、実際は農家のための主張になっていないか。TTPに入ると戸別補償ができなくなると主張する向きがあるが、間違いだ。欧米でも補助金は自由貿易協定の対象外だ。関税撤廃で農家が影響を受けるのであれば、欧米のように直接支払いという補助金で保護すればよい。
グローバル化や貿易の進展により、新たな病気や新食品が伝播している。加工や流通の段階が多いと、誰が問題を起こしたのか特定できないという問題がある。
自然界には宇宙線があり、我々は地球に暮らしている限り、被曝している。細胞には修復能力があるが、一定限度を超えると傷が残る。少量であっても癌につながる可能性が残る。これは、確率論的な話だ。
放射線の単位の違いを理解する必要がある。マイクロシーベルト(積算放射線量)とマイクロシーベルト/時(単位時間あたりの放射線量)に関して、低線量被曝による影響・生活環境・食品における影響を判断する際に考慮するのは「積算放射線量」である。
放射線が直接、原発から飛んでくるのではない。降下物に含まれる。1955年から2010年までの放射能レベルを調べると、東京とつくばでは、今より冷戦時代(1960-80年代)のほうがはるかに放射能レベルが高かった。それは、米ソ他の核実験の結果だった。
海に囲まれた日本では、海の恵みを利用した食文化を有している。これは環境に優しい行為だ。教科書的な知識をおさらいすると、陸上よりも海の方が、窒素やリンなどの物質循環の回転が速い。つまり海の方が、生物が減っても回復が早いのだ。脆弱な陸上生態系を保全するため、海の恵み(海藻や魚だけでなく、鯨も含む)を人間の食用とすることは、その意味で何ら間違いではない。
鯨については、真に絶滅しそうなシロナガスクジラやセミクジラなどは1970年代以前から捕鯨が禁止されていたが、1982年にIWCはその対象鯨種全てについて商業捕鯨を中止する決定した。日本などは反対した。実際、ミンククジラなどは今でも個体数は多く、積極的に捕鯨をしなくとも、クジラの方から沿岸定置網に入ってくるので獲れてしまう実態がある。その数は、日本や韓国では年間100頭以上にのぼり、これらが食用にされているため、真面目に捕鯨禁止を守っている捕鯨業者からは不公平だとして文句が出ている。実は、1982年のモラトリアムを真面目に遵守した国は少数派だ。
日本の調査捕鯨だけが騒がれている感があるが、アメリカ、ロシア、デンマーク、セントビンセントは「Aboriginal」による捕鯨を続行し、アイスランドとノルウェーは商業捕鯨を行い、カナダやインドネシアなどはIWCに加盟せずに鯨を捕獲している。
そもそも国際規制は、無理な規制を導入すると、加盟国が「異議申し立て」をしたり、条約から脱退したりで、規制は遵守されない。国際条約を主権国家に守らせることは、大変難しいのだ。IWCの場合は、本当に規制を守らせようとするなら、当事者である漁業者や捕鯨業者に納得させる材料を与える必要があるが、これが全くできていない。
チャンポンは、日本では中華料理のメニューにもなるが、長崎発祥の、海鮮などを炒めた具材と白湯スープ、あるいは淡泊な鶏ガラスープの麺料理である。一方、韓国では海鮮などを炒めた具材と唐辛子の赤いスープの麺料理で、中華料理と認識されている。この韓国の赤いチャンポンは、1970年代後半から仁川で唐辛子を入れて商品化されたものであるが、今日では韓国系の移民が行く先々でこの赤いチャンポンが広がりをみせている。日本でも、2000年くらいから韓国で現地化して赤くなったチャンポンが流入し、再現地化を遂げている。これはまた、日本国内でのチャンポンの多様化の一環とも捉えられるが、同時にチャンポン自体、うどんと融合してチャンポンうどんという新ジャンルを形成している。チャンポンという料理を広く食文化の一形態と捉えれば、本来、国籍の付与が困難な文化をいかに国境で囲い込もうとしてきたのかがわかる。チャンポンは、文化がときに結びつけられがちな「国民」や「民族」の優劣から本来自由であることを教えてくれる。
世界の漁獲量は頭打ちで、伸びているのは養殖生産だ。日本では養殖業も伸びていないが、これは経済的にペイしないためという要因が大きい。日本では、輸入品との競合などで、魚価単価は低迷している。
日本の漁獲量は1980年代から半減したが、その2大原因は、遠洋漁業の衰退とマイワシの不漁である。マイワシは稚魚が自然に減少したことで日本近海の個体数が減少した。稚魚が減少した理由は、海水温の変化(高くなった)によるものとされている。
ただし、マイワシの個体数が復活しない理由は、獲りすぎも懸念されている。
遠洋漁業とは、日本漁船が外国の沿岸近くで行う漁業だった。沿岸にはプランクトンが多く、それゆえ魚も多い。1970年代までは、領海は海岸線から12海里であり、その外では日本漁船が操業できた。その後、1980年代から領海200海里体制が実質的に導入された。その結果、日本漁船は外国の沿岸から締め出された。1970年代のオイルショックによる燃料高も遠洋漁業の衰退につながった。
水産資源の保護や管理の手法は、場所によって最適なものが異なる。生物的な要因、社会的な要因などを良く考慮して、最適な解を見つける態度が重要だ。
国が許可した物質だけが食品添加物として使用できる(ポジティブリスト制)。国際的に安全性が確認され、かつ汎用されているもの(国際汎用添加物)については、政府主導で許可に向けた検討を進めている。食品添加物の規格基準はそれぞれの国の法律により定められているので、使用できる食品添加物と使用基準(使用できる食品の種類と使用量上限)は国ごとに違う。CODEX委員会は、国際的に流通する食品の安全性や品質に関する国際基準(ガイドライン)を作成する。SPS協定(WTOが定めた衛生と植物防疫措置の適用に関する協定)では、WTO加盟国に対して、食品安全の規制は「国際基準」(=CODEXの規格基準)に基づかなければならないと規定した。WTO加盟国は、CODEXの規格基準に従わなければならなくなった。SPS協定では、健康保護のため、国際貿易の障壁にならないことを条件に、保護措置をとる(=貿易を制限する)権利が認められている。食品の安全基準が、時として、非関税障壁となる可能性がある。食品の輸出入が増大する中で、国ごとに異なる法規制が食品の国際流通の妨げになる。それゆえ、食品添加物も、国際的な整合性を図るよう、日本の規格基準を見直している。