EALAI東京大学 東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ
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オープンセッション

EALAIオープンセッション#1 「漢字の磁場-東アジアの文字原理-」

2005年の発足から5年目を迎えたEALAIでは、今年度からの新たな試みとしてEALAIオープンセッションを実施する。毎回ごとに統一テーマを設定し、最初に1人ないし複数のスピーカーによる発題を行ったうえで、そこを出発点にフロアの参加者を交えて自由に参加できるオープンディスカッション形式のセミナーを行う。

7月15日に行われた第1回目は「漢字の磁場-東アジアの文字原理-」と題し、カナダ・マギル大学美術史コミュニケーションスタディーズ学科准教授の中谷一氏、総合文化研究科准教授の岩月純一氏、総合文化研究科准教授齋藤希史氏の3名より発題がなされ、その後フロアを交えた活発な討論が行われた。
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発題者:

1. 中谷一(なかたにはじめ)(カナダ・マギル大学美術史コミュニケーションスタディーズ学科・准教授)

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「言」と「象」の狭間:「説文解字叙」を手がかりに
中国最古の字書、許慎の「説文解字叙」を題材に、漢字を言語(「言」)との関係で生成変化するものとの視点から説きなおす。いったん「言」から切り離された文字は、易を起源とする「図」「象」的システムの展開の一環として捉えなおされる。しかし同時に、易の図象的体系性に依拠して漢字を位置づける「説文解字」の構想は、図象諸システムの間に一種の序列関係を持ち込み、文字は範例性において易に譲る二次的なものという暗黙の前提を垣間見せる。このように論じた上で、中谷氏は文の秩序の中枢にありながら文の秩序を逸脱する可能性をはらむ漢字という形象の緊張関係を指摘した。



2. 岩月純一(いわつきじゅんいち)(東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻・准教授)

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ベトナムは漢字を廃止したのか?
ベトナムは漢字と漢文を使用してきた歴史を持つが、他方で19世紀の仏領期を経て、ベトナム語ローマ字表記法(クォックグー)が公用文としての地位を確立した。とはいえ、「ベトナム語のローマ字化」は単なる「漢字廃止」と並べられるものではなく、クォックグーをあたかも「漢字」のようにデフォルメした書体・書法が対聯や扁額に用いられるなど、象徴的価値としての漢字が現在まで伏流し続けている。これは、ベトナム語のローマ字正書法が音節の切れ目ごとにスペースを置くことから、漢字と同様に一音節を一「字」とみなす習慣がローマ字化によっても断絶せず、ローマ字を漢字と同様のイメージでとらえることを可能にしたためである。岩月氏は、このような文字に対する接し方、ふるまい方をめぐる伏流的な連続性に、漢字の磁場を映し出すことが可能ではないかと論じた。


3. 齋藤希史(さいとうまれし)(東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻・准教授)

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仮名の位置:文字の言語化をめぐって
ある言語が交わされる環境において成育した人が、その言語を自然と身につけることができるようになるのとは異なり、文字は意識的に学習しなければ読み書きすることはできない。その学習は、基本的には文字を言語音声に対応させることで行われるため、しばしば文字は言語のために生まれたという錯覚が起る。これに対し齋藤氏は、文字は音声の秩序化によって構成された言語とは全く異なる原理で生まれ、事後的に音声化されたとする見方を提示する。この言語(「言」)と文字(「文」)の関係は、「言」と「文」との拮抗がつねに起源的に再演される言-文秩序(氏はこれを「言-文の磁場」という言葉で表現する)として捉えられる。日本の仮名について考えてみるならば、言語音声を漢字によって表記するものとして生まれた仮名は、直ちに漢字の言語音声を表記するものとして利用されることになった。漢字学習のためのステップとして仮名がまず学ばれ、それによって漢字の読み書きができるようになる。このように考えるならば、仮名とは漢字の秩序を補強し普及するために使われ、音声言語を表記する表音文字としてではなく、文字と言語、あるいは形象と音声の媒介項として存在するとの見方も可能になると齋藤氏は指摘した。

(文責:伊藤未帆)

日程:2009年7月15日(水)14時~17時
場所:18号館コラボレーションルーム4
参加者:18名。