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南京大学集中講義

「見られる身体、見せる身体」/ 清水 晶子(フェミニズム・クィア理論)


この授業では、近年のジェンダー/セクシュアリティ理論を読み直しつつ、視覚を通じて認識される「私の身体」をめぐる政治的可能性および諸問題について検討する。具体的には、 クィア理論における視覚的身体の位置づけの考察からはじめ、そのような視覚的クィア論と対抗するものとしてのトランスセクシュアル身体論、それらがそれぞれ依拠している精神分析理論との関係などを概観した上で、「見られる身体」の不可避な被傷性と交渉する試みのいくつかを紹介する。

1)導入:視覚的クィア

2)可視的トランジション

3)フロイトの身体、ラカンの身体

4)私は誰に見られているのか

5)鏡を横断する試み

6)パスとパラドックス

参考文献
*Judith Butler, Gender Trouble: Feminism And the Subversion of Identity
-- Bodies That Matter: On the Discursive Limits of Sex
*Jay Prosser, Second Skins Sigmund Freud, The Ego and the Id
-- ‘Mourning and Melancholia
*Jacques Lacan, ‘The mirror stage as formative of the function of the I as revealed in psychoanalytic experience’
*Kaja Silverman, Acoustic Mirror: The Female Voice in Psychoanalysis and Cinema
*Luce Irigaray, This Sex Which Is Not One
*J*Judith Butler, Gender Trouble: Feminism And the Subversion of Identity
(ジュディス・バトラー、『ジェンダー・トラブル―フェミニズムとアイデンティティの攪乱 』、竹村和子訳、青土社 (1999))
-- Bodies That Matter: On the Discursive Limits of Sex
*Jay Prosser, Second Skins
*Sigmund Freud, The Ego and the Id  (フロイト、『自我とエス』(『自我論集 (ちくま学芸文庫) 』、
中山元訳、筑摩書房 (1996)、ほか。下の本にも小此木啓吾訳があります)
-- ‘Mourning and Melancholia’
(フロイト、「悲哀とメランコリー」(『フロイト著作集 第6巻 自我論・不安本能論』、井村恒郎訳、人文書院 (1970/01))
*Jacques Lacan, ‘The mirror stage as formative of the function of the I as revealed in psychoanalytic experience’
(ジャック・ラカン、「〈わたし〉の機能を形成するものとしての鏡像段階」、『エクリⅠ』、弘文堂(1972))
*Kaja Silverman, Acoustic Mirror: The Female Voice in Psychoanalysis and Cinema
*Luce Irigaray, This Sex Which Is Not One (リュス・イリガライ、『1つではない女の性』、棚沢直子ほか訳、勁草書房 (1987))