ついで第二部に入り、まずベトナム国家大学ハノイ校の人文社会科学大学の副学長のナム氏が、ベトナムの西北地方に居住するターイ族の、土地・森林・水という三つの天然資源の利用と管理についての「民衆知」について報告した。ナム氏の議論は、ターイ族の間に代々受け継がれてきた「民衆知」は、合理的で科学的な価値が高いものであり、経済発展と環境の保全を行うためにきわめて貴重な財産であり、研究者はこれを調査し、合理的な要素を継承するために、系統立てていく必要があるとするものであった。
次に同じ人文社会科学大学のクエット氏から、人間社会は、生態環境に対応する慣習を形成してきたが、環境が全世界的な問題となっている今日、人間の生態への対応方法を変革できるような教育戦略が必要であり、それは人類共通の家としての地球を守る世界性と、個々の共同体にふさわしい小文化の形成という、二つの側面を併せ持つものでなければならないという報告がなされた。
この二つの報告に対し、東京大学の中西徹氏からコメントが出された。中西氏は、伝統的な民衆知をないがしろにしたことが開発経済の失敗の要因になっているという、最近のジェームズ・スコットの議論を紹介しつつ、ベトナムでは、国際的な調査では、人々の所得が低いにもかかわらず、「幸福」と感じている人の比率が高いのはなぜか、この現象にはベトナム固有の開発観といったものがあるのではないかという問題を提起した。司会の桜井氏は、「幸福」は「快適」と置き換えたほうがよいのではないかという指摘をしつつ、ベトナム国家大学ハノイ校のファン・フイ・レ氏に発言を求めた。レ氏からは、ベトナム人、特に農民は、お金がすべてではなく、生活の質、人間関係を重視する考えをもっており、いまの生活を、国際比較ではなく、自分たちの過去と比較してみている、また戦争がなくなったということも大きな要素であろうという発言があった。桜井氏からは、格差が少ないということも重要な要素であろうという指摘がなされた。