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第9回東アジア四大学フォーラム東京会議 / BESETOHA

ベトナム国家大学ハノイ校・東京大学特別学術討論会 / 古田 元夫(東京大学教授)


 今回の東アジア4大学フォーラムには、ベトナム国家大学ハノイ校からは14名という多数の出席者(学生フォーラム参加者を除く)があった。発表の希望も多く、第一セッション、第二セッションでは吸収できないため、急遽、特別のセッションを設けることになった。これが、べトナム・セッションである。このセッションは、桜井由躬雄東京大学名誉教授の司会のもとで、ベトナム国家大学ハノイ校から、次の4本の報告が行われた。

第一部 ベトナム国家大学ハノイ校の留学生受け入れ体制
  グエン・ティ・ヴィエト・タイン : ベトナム国家大学ハノイ校とBESETOHAの学生交換留学活動
  グエン・ヴァン・ラム :ベトナム国家大学ハノイ校所属の各大学に留学する外国人学生への対応に関する学生寮センターの計画
第二部 環境と文化
  ラム・バー・ナム :環境と文化の多様性:ベトナム西北地方のターイ人の天然資源の利用と管理について
  ファム・ヴァン・クエット :環境対応型の習慣から環境教育戦略の形成へ

 まず第一部では、ベトナム国家大学ハノイ校の学生部長であるタイン氏が、同大学の交換留学をめぐる現状と問題点を報告した。まず同大学からの派遣では、日本の東京大学・早稲田大学・大東文化大学・立命館大学・琉球大学、韓国のソウル大学、江原大学、韓国外国語大学、中国の北京言語学院・広西民族学院・雲南学院などに学生を送っているが、分野が人文科学系と外国語系に集中していること、学部学生は短期留学を躊躇する傾向があること、英語圏以外への留学では言語能力に限界があること、奨学金が限られていることなどの問題があることが指摘された。また受け入れでは、現在200名あまりの留学生を受け入れていることが紹介された。そして現在、ベトナム国家大学ハノイ校は東アジア4大学フォーラムの枠組みでの交換留学の抜本的強化に取り組んでおり、同校の制度を学年制から単位制に切り替えて、外国の大学との単位互換もスムーズで行えるようにする努力などを進めていることが報告された。

 ついで学寮責任者のラム氏からは、ハノイの西30キロのホアラックに建設中の新キャンパスにおける学寮構想の紹介があった。ホアラックの新キャンパスの建設は2002年にはじまり、2010年からは段階的な移転がはじまる予定であるが、ここに収容能力5000人規模の学寮をつくる計画があること、また外国人留学生のためには、ハノイ市内にある既存の二つの寮に、36平方メートルのエアコン、インターネット完備の留学生用の二人部屋を20室用意し、月額150ドルで提供する計画で、東アジア4大学フォーラム参加校からの留学生は優先的に配慮したいと考えていることが報告された。
 この二つの報告に対して、東京大学の古田元夫氏から、東京大学における学寮建設の経験をふまえたコメントが行われた他、桜井由躬雄氏からは、日本をはじめ外国からの留学生はハノイ市内で暮らしたいと希望する者が多いと思われるので、十分配慮してほしいという要望が出された。

 ついで第二部に入り、まずベトナム国家大学ハノイ校の人文社会科学大学の副学長のナム氏が、ベトナムの西北地方に居住するターイ族の、土地・森林・水という三つの天然資源の利用と管理についての「民衆知」について報告した。ナム氏の議論は、ターイ族の間に代々受け継がれてきた「民衆知」は、合理的で科学的な価値が高いものであり、経済発展と環境の保全を行うためにきわめて貴重な財産であり、研究者はこれを調査し、合理的な要素を継承するために、系統立てていく必要があるとするものであった。
 次に同じ人文社会科学大学のクエット氏から、人間社会は、生態環境に対応する慣習を形成してきたが、環境が全世界的な問題となっている今日、人間の生態への対応方法を変革できるような教育戦略が必要であり、それは人類共通の家としての地球を守る世界性と、個々の共同体にふさわしい小文化の形成という、二つの側面を併せ持つものでなければならないという報告がなされた。

 この二つの報告に対し、東京大学の中西徹氏からコメントが出された。中西氏は、伝統的な民衆知をないがしろにしたことが開発経済の失敗の要因になっているという、最近のジェームズ・スコットの議論を紹介しつつ、ベトナムでは、国際的な調査では、人々の所得が低いにもかかわらず、「幸福」と感じている人の比率が高いのはなぜか、この現象にはベトナム固有の開発観といったものがあるのではないかという問題を提起した。司会の桜井氏は、「幸福」は「快適」と置き換えたほうがよいのではないかという指摘をしつつ、ベトナム国家大学ハノイ校のファン・フイ・レ氏に発言を求めた。レ氏からは、ベトナム人、特に農民は、お金がすべてではなく、生活の質、人間関係を重視する考えをもっており、いまの生活を、国際比較ではなく、自分たちの過去と比較してみている、また戦争がなくなったということも大きな要素であろうという発言があった。桜井氏からは、格差が少ないということも重要な要素であろうという指摘がなされた。

 ついで東京大学の後藤則行氏からコメントが行われた。後藤氏は、ナム氏の報告で出されたターイ族の民衆知は、恵まれない生活環境などの制約条件のもとで構築された合理性と考えられるが、この制約条件が変化した時、たとえば生活が豊かになって労働選択の自由が広がった時にどうなるのか、伝統的民衆知は、発展していくベトナム社会の中での人々の自由とどの程度に整合的なのか、という問題を提起した。
 次に東京大学の永田敦嗣氏からコメントが出された。永田氏は、ローカル・ノレッジは、科学的な知識に比べると人々を説得しにくいという問題があるが、ローカル・ノレッジをどのように組み替えて、現代社会に活用していくのか、という問題を提起した。

 これに対してナム氏は、現代の科学的な観点からのみ見ると理解できない、文化・精神・霊魂といった要素が民衆知には含まれており、文化や霊魂の問題と考えているからこそ森林が守られている面があるとした。桜井氏からは、正しい民衆知には必ず科学的根拠があるという指摘があり、討論の終了となった。