EALAI東京大学 東アジア・リベラルアーツ・イニシアティブ
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第9回東アジア四大学フォーラム東京会議 / BESETOHA

Session1 まとめ:文化的多様性と古典教育 / 齋藤 希史(東京大学准教授)


 このセッションでは、四大学がそれぞれ所属する地域の文化的特性を踏まえた上で、どのような古典教育が可能か、具体的な提言があった。
 東京大学の神野志隆光教授からは、従来の古典研究が、それぞれの地域を中心として、それ以外の地域との関係を影響や受容というタームでしか扱ってこなかったことに対し、同じ古典世界における交通という観点から、新たな研究と教育の試みを開始したことが紹介された。
 北京大学の王逢鑫教授からは、各地域の文化を尊重すること、それぞれの文化の伝統を尊重することの両面から、古典教育の充実を図るべきだとの意見が述べられ、具体策として、古典教育をテーマとした定期討論会の開催、古典教育の専門機関の設立と資料の共有、古典籍の整理校訂と啓蒙書の出版が挙げられた。
 ソウル大学のジュ・ギョンチョル教授からは、大学の教養教育において古典を活用するための方法として、ソウル大学では『東西古典200選』『勧奨図書100冊』として大学生のための古典を選定する試みを行っているが、実用性やバランスの面からは問題が少なくないという現状が報告され、より広い視野にもとづいた古典叢書を東アジア四大学共同で編纂してはどうかとの提案がなされた。
 ベトナム国家大学ハノイ校のファン・フイ・レイ教授からは、四つの地域が、歴史的には儒教を中心とする東アジア文化空間に属しつつ、それぞれ独自の文化的発展を遂げてきたことを重視し、古典教育においては、漢字文化と固有の文化の両方を学ぶ必要があることが述べられた。ファム・スアン・サイン准教授からは、ベトナムにおける古典教育について、東西古今それぞれの要素が絡み合って成立している歴史的経緯が述べられた。
 東京大学の中島隆博准教授は、それぞれの報告をまとめた上で、伝統文化における非対称性を古典教育においてどのように扱っていくか、近代の東アジアに影響をおよぼした西洋の古典をどのように組み込んでいくか、などの問題が提起された。

 全体討論においては、四大学の共同事業として古典叢書を編纂することの是非や、文化的多様性のダイナミクスについて議論が交わされ、まずは遠隔講義等の手段によって、授業交流を図っていくことが確認された。  このセッションの最大の目的は、理念だけでなく、具体的な提言によって、今後への展望を開くことにあったが、その意味においては、じつに貴重な一歩を踏み出したと言えよう。もちろん、古典叢書をめぐる議論にもあったように、各大学がそれぞれ古典教育だと考えるものをたんに持ち寄るだけでは不十分であろう。ポーズだけの共同作業では、安直だとの批判は免れえない。しかし、今回の提言や討議を振り返ると、四大学それぞれの独自性を尊重しつつ、互いに踏み込んで理解しようとする姿勢が共通して見いだされたように思う。たとえば、一般に言われるような儒教文化圏としての東アジアもしくは漢字文化圏としての東アジアという枠組みについても、それを文化的多様性という観点から問い直そうとうする発言が相次ぎ、漢字で書かれた古典のみならず、それぞれの地域の古典をともに学ぶべきだという共通の理解も得られた。グローバリズムに対する多様性と同時に、東アジアにおける、あるいは一つの国家における多様性についても、熱心に語られた。古典がしばしば「強い文明」をさらに強化する役割のあることを見越して、「弱い文化」の存在についても、古典教育ないしは教養教育の観点から重視すべきだとの提言もあった。

考えてみれば、前近代における古典教育は、多様性よりも求心性を志向するものであったことは否定できない。とりわけ、儒学が支配的言説を構成していた東アジアにおいて、その記憶はなお根強い。だからといって、過去において古典とされてきたものをすべて捨て去ってしまうことはできない。我々の文化はあくまで歴史的なコンテクストの上に成立しているのである。多様性を確保しつつ古典を学ぶことは、過去に帰りつつ過去から離れることを意味する。テーマに掲げた「文化的多様性と古典教育」は、じつは、なかなか困難な課題である。  しかし、多様性がただのバラバラを意味するのでなく、相互に認めあいつつ変わりあうありかたを意味するのだとしたら、その困難に立ち向かう意義は大いにあろう。文化的多様性を重視する立場にとっても、普遍性を担保する古典という視点は重要なのだ。提言や討議の中でも強調されたように、我々が共有する普遍性を見いだすためにも古典は必要である。東アジアの未来のための共同資産としても、多様性へと開かれた古典教育を作り上げていかねばなるまい。貴重な提言が提言のままに終わらず、何らかの形で実現できるよう、各方面の理解と協力を要請する次第である。

最後に、発表の先生方をはじめ、本セッションの企画と運営を支えてくださったすべてのみなさんに、改めてお礼を申し上げたい。ありがとうございました。